福岡高等裁判所 昭和34年(う)330号 判決 1959年9月30日
被告人 松尾伝次
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役八月に処する。
原審における訴訟費用中昭和三一年六月一三日証人福島儀朗、同庄司直次、同小山信夫に、同年九月七日証人山領芳樹、同山口高雪、同勝田晃、同西村善六に、同年九月二八日証人遠藤治次、同加茂関治に、同年一二月一七日証人北村栄次、同藤瀬守に各支給した分はいずれも被告人の負担とする。
被告人は昭和三一年二月二四日附起訴の相互銀行法違反の点につき無罪。
理由
弁護人長崎祐三の控訴趣意第一の(一)及び弁護人木原鶴松の控訴趣意第四点について。(いずれも原判示第一、の事実に関するもの)
原判示第一、の事実、殊に被告人は金融会社福栄融資株式会社の設立を企て、株式総数千二百五十株(一株の金額五百円)中二百五十株の株金十二万五千円を除く其の余の千株の株金五十万円については、実際の払込はないのにあつた様に仮装して、株式払込金六十二万五千円の保管証明書をえて、会社の設立登記を完了しようと考え昭和二七年四月一八日佐賀市水ヶ江町佐賀興業銀行水ヶ江支店において同支店長庄司直次に其の旨依頼し、保管金証明書発行のためその日だけ保管金名義の預金を作ることの了解をえ、直ちにその目的で同人に対し振出日同年四月一八日、振出人被告人、支払期日同年四月一九日、額面金五十万円の約束手形一通を振出し交付し、金五十万円の手形貸付をうけたこととし、之は即時に同銀行水ヶ江支店の福栄融資株式会社設立発起人の被告人口座に他の十二万五千円と共に株金払込金として預金したこととし、同日出資金保管証明書の交付をうけ、ついで翌日には右金員の払戻をうけ右借受金の返済に充当したものであり、此の間右金五十万円については日歩三銭の利息金以外には全然金銭の現実の授受或は之と同視すべきものなく単に銀行の帳簿上の操作のみによることの了解のもとになされたものであり、従つて右銀行としては払込金保管事務を取扱う銀行の立場にあつて真実之が預託をうけたものではなく、全く保管証明書作成のために払込を仮装する手段として単に帳簿上の操作が行はれたものであることは、原判決が原判示第一、の事実の証拠として挙示引用する証拠により明認しうるところであり、記録を精査しても原判決の認定が誤つているとの心証をひくに足るものはなく、もとより各所論の事実関係にあるものとは認められない。長崎弁護人は被告人の前記認定の事実に関する警察官及び検事に対する自白は、警察官、検事の誘導尋問による虚偽の自白であり、庄司直次の捜査官に対する供述も自己の罪責を免れるために捜査官に迎合した虚偽の供述である旨主張するけれども、証拠にあらわれている右被告人の自白並びに庄司直次の検察官に対する供述調書中の供述は、他の証拠と対比しその内容に鑑み、所論のような虚偽の自白及び供述とは到底認められない。そして前記認定のような事実関係にある以上被告人の所為はまさに商法第四九一条にいわゆる「払込を仮装するための預合」行為に該当するものと解すべきである。各論旨は理由がない。
弁護人長崎祐三の控訴趣意第一点の(二)及び弁護人木原鶴松の控訴趣意第三点について。(いずれも原判示第二、の事実に関するもの)
先づ長崎弁護人の控訴趣意につき按ずるに、原判示第二の事実は原判決が原判示第二、の事実の証拠として挙示引用する証拠により之を認めるのに十分であり、特に原審第五回公判調書中の証人庄司直次同第八回公判調書中の証人山領芳樹同第九回公判調書中の証人遠藤治次の各供述記載及び庄司直次の昭和三〇年七月八日附並びに被告人の同月九日附検察官に対する各供述調書によると、被告人は福栄融資株式会社の設立登記手続に関する事務一切を計理士鶴省三に依頼し、事実上は同人の当時の使用人遠藤治次が一切の手続をなしたものであることが認められるけれども、被告人は右登記申請書には、払込を取扱つた銀行の払込金保管証明書を他の必要書類とともに添付して申請すべきものであることを知つていたため、前に説示したように払込を仮装する為預合をした上、山領芳樹に命じて佐賀興業銀行水ヶ江支店の出資金保管証明書をうけとらしめ、之を鶴計理士事務所に持参せしめ遠藤治次をして之を他の必要書類とともに前記会社設立登記申請書に添付して設立登記の申請をなさしめた事実が明らかに認められるので、被告人が直接出資金保管証明書の入手、登記申請書類の提出行使に関係しなかつたからといつて、原判示第二、の所為の責任を免れる理由のないことは特に論ずる迄もないところであり、又右出資金保管証明書の作成された昭和二七年四月一八日に、福栄融資株式会社設立発起人代表松尾伝次の佐賀興業銀行水ヶ江支店の預金口座に、金六十二万五千円の記帳があつたことはまことに所論のとおりであるが、右記帳は単に払込を仮装する為預合をして記帳されたものであり、同支店が真実金六十二万五千円を千二百五十株分の払込金として保管していたものでないことは前に説示したとおりであるから、真実之を保管している旨証明した前記出資金保管証明書が内容虚偽のものであることも亦明らかであるから論旨はすべて理由がない。次に木原弁護人の控訴趣意について考えてみるに、株式会社の設立登記には、発行する株式の全額の払込を要するものであることは、株式会社の設立に関する商法の諸規定及び非訟事件手続法第一八七条に於て株式会社の設立登記申請書には他の必要書類と共に払込を取扱いたる銀行又は信託会社の払込金の保管に関する証明書を添付すべきことを規定している趣旨にてらし明らかなところであるから、株式の全額の払込がないのにあつたように装うて株式会社の設立登記の申請をし、設立登記がなされた場合は、株式全額の払込があつたような株式会社が設立登記されるのであるから、右は正に株式の全額の払込を仮装して登記簿の原本に不実の記載をなさしめたものに外ならないのであり、原判示第二、の事実は、被告人は前に説示したようなからくりによる払込を仮装する為の預合で出資金保管証明書をえて、株式全額の払込がないのにあつたように装うて之を他の附属書類と共に福栄融資株式会社設立登記申請書に添え法務局係員に提出し、同係員をして同局備付の商業登記簿に同会社が発行株式総数に応じた株金全額の真実の払込がなされて設立されたかの如く不実の記載をなさしめ、其の頃これを同局に備付させてこれを行使したというのであるから、同会社の成立、不成立の問題とは関係なく、右所為はまさに刑法第一五七条第一項、第一五八条第一項に該当するものであり、原判決に所論のような法令の適用の誤りはなく、論旨亦採用し得ない。
弁護人長崎祐三の控訴趣意第一の(三)同木原鶴松の控訴趣意第二点について。(いずれも原判示第三、の事実に関するもの。)
原判決が「右福栄融資株式会社(以下単に福栄融資と略称する。)の設立と共に被告人は同会社の代表取締役に就任し、こゝに前記福栄商事、西日本月賦販売株式会社(後西日本住宅相互、福栄住宅相互、福栄証券等に商号を変更、以下単に福栄住宅と略称する。)と三会社の代表取締役社長を兼ねるに至つたが、爾来、昭和二八年六月佐賀県会議員に立候補のため福栄融資の代表取締役を辞し、同年八月の再就任まで単なる取締役に留まつた二ヶ月程及び同三十一年一月頃住宅相互の代表取締役を辞して監査役に留まつた以降の期間を除き殆んど右三会社の代表取締役であり、且つ、これら会社が別紙第一表記載の如く商号を転転する間終始三会社における業務総括の実権者として三社を総合運営し、その事務所を佐賀市水ヶ江町百九十九番地、同二十九年三月頃よりは同市松原町二十九番地におき大蔵大臣の免許を受けないで、貸付与信業務を専ら福栄融資名義で行い割賦弁済方式によりその掛戻を受ける反面、受信業務はこれを外務員を用いて契約加入者を募るなどして他の二会社名義を以てこれを行い。即ち、
(イ) 福栄商事では匿名組合出資金の分割払込に名を藉り、(1)日掛の場合は、一口の掛金三十円、五十円又は百円、払込期間概ね一年(三百六十日)契約金は三十円掛で一万八百円、五十円掛で一万八千円、百円掛で三万六千円とし満期日に配当利息金を、三十円掛には二百円、五十円掛には五百円、百円掛には千円を、夫々附加して支払うこと、(2)月掛の場合は契約金十万円で期間一年のとき、月掛金八千円、満期日の利息金四千円の割合とし、いずれも期間の中途において解約金名下に一定の支払をなす等の方法により
(ロ) 昭和二十八年中における保全経済会の休業等を契機として、右の如き匿名組合方式による出資の受入が世の批判を受け、金融関係法規も整備の気運となるに及び、同年八月二十日頃福栄住宅の商号を西日本月賦より西日本住宅相互に、更に同年九月一日福栄住宅相互に順次変更し、その発行すべき株式総数を当初の千株より四千株(総額二百万円)に順次増加の登記手続を了した上、概ね同二十九年一月頃より以降は、前記福栄商事に替えて右福栄住宅名義を以て、建築前掛金に名を藉り依然実質上前同様の日掛、月掛等の方法により、
昭和二十七年七月頃より同三十年三月頃までの間に別紙第二表記載のとおり横尾三郎外五百六名から、合計金千百六十九万二千九百七十五円の掛金を受入れ以て、一定の期間を定めその中途又は満了のときにおいて一定の金額を給付することを約して掛金の受入れをなし、相互銀行業を営んだものである。」として、相互銀行法第二条第一項第一号、第四条、第三条、第二三条を適用処断したことは各所論のとおりである。
相互銀行法第二三条にいわゆる相互銀行業を営むというには、同第四条、第三条等とを対比して考えると、同法第二条第一項第一号所定の「一定の期間を定め、その中途又は満了のときにおいて一定の金額の給付をすることを約して行う当該期間内における掛金の受入」の業務を営むことを要するものと解すべきであり、しかも右業務と貯蓄銀行法により規制されているいわゆる定期積金(同法第一条第一項第四号)との差異は、定期積金が期間満了のときに一定金額の給付が行はれるのに反し、前記相互銀行法第二条第一項第一号の業務は、期間の中途又は期間満了のときにおいて一定金額の給付が行はれるのであるから、期間の中途に於て一定金額の給付をすることが約束されていないで、単に期間満了のときに一定金額の給付が行はれることを約してなす金銭の受入れは貯蓄銀行法違反となつても相互銀行法違反とはならないものと解するのが相当である。しかして相互銀行法第二条第一項第一号にいわゆる期間の中途又は満了のときに一定の金額の給付を行うという相互銀行の給付と、一定の期間内に掛金を払い込むという契約者の給付とは互に対立する有償双務無名契約と解されるのであるから、期間の中途に一定の金額を給付するというのは、その有償双務無名契約の存続中の期間の中途において給付することをいうので、その給付後に存続すべき掛金の義務は、その有償双務無名契約から当然引続き発生する義務であり、有償双務無名契約が解除されて、その解除の効果として、当然掛金が返還される場合は同条項にいわゆる期間の中途において一定の金額の給付をしたものということはできないものと解すべきである。
ところで、原判決は昭和二十七年七月頃より福栄商事株式会社(昭和九年十月二十八日設立、同二十一年一月佐賀木材、同二十四年三月福栄建設工業、同年四月佐賀木材、同年十月松尾建設、同二十六年七月西日本住宅相互、同二十七年五月福栄相互、同二十八年二月福栄商事、各株式会社に順次商号変更、以下単に福栄商事と略称する。)でした匿名組合出資金の分割払込名義による掛金の受入及び福栄住宅相互株式会社(昭和二十五年十二月西日本月賦販売株式会社として設立、同二十八年八月西日本住宅相互、同年九月福栄住宅相互、同二十九年九月西日本住宅相互、同年十一月福栄証券各株式会社に順次商号変更、以下単に福栄住宅と略称する。)でした建築前掛金名義の掛金の受入は、いずれも期間の中途において解約金名下に一定の金額の支払をなす約がなされていた旨認定している。原判決が原判示第三の事実の証拠として挙示する証拠中7、掲記の各証拠によると、右福栄商事又は福栄住宅の外務員が前記匿名組合出資金或は建築前掛金名義による日掛或は月掛契約の募集をなすにあたつて、契約者に対し三ヶ月或は四ヶ月以上掛金をすれば一定金額の貸与をうけうることを説いて勧誘したがその際には右貸与が如何なる方法で行はれるものであるかは明らかにされていないことが認められる。しかして原審第一四回公判調書中の証人勝田晃同第一五回公判調書中の証人原はつ子こと原ハツ子同第一六回及び同第二五回各公判調書中の証人古賀喜八郎、同第一七回公判調書中の証人蒲原三郎の各供述記載並びに検察官に対する原ハツ子及び古賀喜八郎の各供述調書によると、福栄商事又は福栄住宅は一定の期間の満了による一定金額の給付をうけることを約して、出資金分割払込、若しくは建築前掛金名義で日掛或は月掛をしている契約者に対し、その契約者が三ヶ月或は四ヶ月以上掛金した後、金員の必要が生じた際には、右出資金分割払込若しくは建築前掛金契約は之を解除した上掛金の払戻をなすと共に別途福栄融資株式会社が同会社の貸付金規定に従つて金員を貸付け之を日掛或は月掛等の方法により同会社に返済せしめて居り、福栄融資株式会社に対する日掛或は月掛による返済は福栄商事或は福栄住宅に対する出資金分割払込若しくは建築前掛金名義による日掛或は月掛の払込金とは全く別個の契約に基ずくものであつたことが認められる。従つて福栄商事或は福栄住宅の外務員が契約者に対し貸付の具体的方法を明らかにしないで、三ヶ月或は四ヶ月以上掛金をすれば一定金額の貸与をうけうることを説いたのは結局右の方法による貸与の便宜あることを説いたものと解するのが相当であり、従つて福栄商事或は福栄住宅が出資金分割払込若しくは建築前掛金名義で日掛或は月掛を募集し、その契約に基ずき日掛金或は月掛金の受入をなしたのは、相互銀行法第二条第一項第一号にいわゆる期間の中途において一定の金額の給付をすることを約して掛金の受入をしたものということはできない。もつとも原判決が「弁護人及び被告人の弁疏に対する判断」として説示しているように、福栄融資株式会社、福栄商事及び福栄住宅の三会社が、それぞれ形式的には独立の登記手続を経由した会社であるけれども、その経理、人事その他業務運営上の点からいつて実質的にはその独立性に乏しく、三社相合して企業体としての経済上の機能を発揮しうる状態下にあつて、いずれも被告人の実権下に綜合的に運営されていたものであることは原判決が原判示第三の事実の証拠として挙示引用する証拠により認めうるところであるけれども、このことからして直ちに右三社の法律上の独自性を、ひいては右三社が各別になした法律行為の独自性を否定し去るわけにはいかない。したがつて原判決が、被告人は期間の中途において解約金名下に一定の支払をなす方法により相互銀行法第二条第一項第一号にいわゆる期間の中途において一定の金額を給付することを約して掛金の受入をなした旨認定したのは、事実を誤認したものであり、右誤りが判決に影響を及ぼすことは、明らかであるから此の点に関する各論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
(裁判官 谷本寛 大曲壮次郎 古賀俊郎)